先日、庭で見つけた零余子(ぬかご、むかご)のことを書きました。「庭の零余子。」 きょうは、その続きの記事です。
うれしいことに、ふにゅさんがお買いになった零余子を半分も送ってくださいました。ふにゅさん、大粒の立派な零余子をありがとうございました。

写真の右手前に小粒なものが5個あります。これは、その後、しつこく探して庭で採取した零余子です。大きさが全然ちがいますね。色も違います。ふにゅさんの零余子が小さなイモだとしたら、ウチのは小石という感じ。
さて、念願のぬかごめし(ウチではそのように呼びます)、おっちゃんにkuuが作るようにと言われて、作ったことがないのでネットで検索しました。
アク抜きが必要と書いてあるところと、アクはない(もしくは少ない)と書いてあるサイトがあったので、少しかじってみました。あ、けっこうアクはありますね。たぶん、ですけど、いろんなイモの零余子があるし、成長段階や条件によってアクの強さは変わってくるのでしょう。細見綾子の俳句はこういうことを詠っていたのかなあと思いました。kuuは実際に零余子を食べてみるまでは、作る時と場合によって調理法が少し変わるというような心の在りかたを詠っていたのかと思っていたんです。そういう己を詠った俳句ではなく、生活の中で自然のわずかな変化をとらえて、その感動を詠ったのかな~などと考えました。
アク抜きは茹でて、そのまま蓋をしてしばらく放置する、という方法でやりました。加える調味料は、おっちゃんは塩と日本酒でやっていたと言いましたが、わたしの好みで塩、酒、しょうゆ、だし昆布を使いました。少量のしょうゆを入れると、ごはんが焦げやすくなって、そのおこげさんがおいしいんだもの。

おっちゃん撮影、ぬかごめし。
おっちゃんの強硬なリクエストにより、庭の小粒な零余子も入っています(笑)。
零余子1個1個を味わって食べました。粒によって味わいが違うのが楽しかったです。
味を言葉にするのがむつかしい。深く口に残ります。今まで食べたことがない味だから、言葉を置き換えられない(=表現できない)のです。(イモの味がするとは思うんだけども…) これはアクを抜きすぎてしまっては面白くない。かと言ってアクが強く残りすぎたらきついでしょう。今回はとてもおいしくいただくことができました。
さて、庭の零余子やツル性の植物が何ものなのか、再度調べてみました。
イモを食すことができるタイプ(便宜上、ヤマノイモと総称します)と、通常食さないタイプ(トコロ)、このふたつの、よく言われる違いは、
・ツルの巻き方向。(ヤマノイモは上から見て左巻き、トコロは右巻き)
・葉っぱの付き方。(ヤマノイモは対生、トコロは互生。これは変化することがある)
・零余子の有無。(ヤマノイモはできる。トコロはできても「零余子らしきもの」。サイトによっては「できない」と断言していた)
それから、こういう記述も見つけました。
・冬に地上部が枯れたときに茎を曲げるとわかる。(ポキッと折れるのがヤマノイモ、曲がるだけなのがトコロ)
参照サイト:ShinWorld(あるゴーマニストの書き捨て)さまのコンテンツ、「ヤマノイモ(山芋)掘り」より。
庭の植物は、今確認できるほとんどが右巻きで互生なのでトコロと思うのです。零余子の付いた場所は葉っぱは落ちてしまって茎は巻いていないのでよくわからないのですが、枯れた茎は曲がるだけでした。つまり、これもトコロ? だけど、零余子は小さくてもコロコロしていたし、おいしかったんです。
もう、イモ掘ってみるしかないですね。
おっちゃんが言うには、かつて掘って食べた庭のマルイモは、粘りが強くて味が濃く、たいそうおいしかったそうです。丹波から持ってきたものなら霧イモと言われる系統なのかな? 零余子は今回採取したような小さいのだったと言っています。
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